岐阜药科大学(岐阜薬科大学)

岐阜药科大学(岐阜薬科大学)

岐阜药科大学(岐阜薬科大学) 我が国が文化国家としてまた科学立国として発展するためには、自然科学をはじめ人文科学、社会科学のたえざる向上を期さなければならない。本学は、我が国の薬学の振興を期し、学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く薬学に関する学理と技術を教育研究し、知的道徳的に優れ、また応用能力のある人材を養成することを目的として設立された。また、常に国民の衛生思想の普及発展を図り、保健衛生の方途を講じ、それにより国民の健康福祉に資するはもとより、優秀医薬品の生産と開発を企図し、ひいては人類の健康的な発展に貢献し、我が国の国際的地位を高めることを使命としてきた。
  本学の歴史は古く、今から70余年前にさかのぼる。すなわち、昭和6年、医薬、化学の知識を広め、併せて県内の資源を開発し、国民保健衛生の普及向上と化学工業の発展に寄与するため、時の市長松尾国松翁の発意により市議会において本学設立の議決を得た。昭和74月、岐阜薬科大学の前身である岐阜薬学専門学校が、市立として全国に先駆け岐阜市九重町3丁目に創立された。
 以来順調な発展をたどり、昭和243月学制改革に伴い岐阜薬科大学として新しく発足し、昭和284月には大学院(修士課程)を、さらに昭和404月には博士課程を設置した。
 さらに、めざましい科学の進展に即応して研究、教育の発展を期するため、昭和397月に規模を倍増した近代的な学舎の新築に着工し、昭和409月には現在地,三田洞に移転し、名実共に薬学教育の殿堂となった。 昭和528月乗鞍山麓子ノ原高原の一部(33912平方米)を篤志家から寄附を受け、寒冷地系薬草栽培の研究のための子ノ原川島記念演習園を開設し、大学の附属薬草園と共に多くの薬草が教育研究に寄与している。昭和579月、本学創立50周年を記念して教育研究総合センターを建設し、昭和58年度から大学院に医療薬学コースを開設した。
  学生の心身の健康と体力の向上の場として、平成元年3月トレーニングルームを併設した鳳川会館(体育館)を建設し、さらに、平成210月、薬学教育の将来を見通し、バイオテクノロジーに係る基礎研究並びに応用研究を推進するための生物薬学研究所を設立した。本研究所では本学学生の教育はもちろん企業等からの研究生受入れを行い、先端技術産業、医・薬関連企業等の試験、研究、開発部門等において常にリーダーとして、21世紀を担いうる人材育成を行ってきた。
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